本西 厚博

もとにし あつひろ
1962年5月15日生まれ 175cm 76kg AB型 長崎県出身 瓊浦工・甲子園→三菱重工長崎  趣味 ライター収集

  写真提供 Y様
年度 所属球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 打率
1987 阪急 114 207 50 2 14 10 .242
1988 阪急 51 74 22 1 6 3 .297
1989 オリックス 120 281 85 5 33 8 .302
1990 オリックス 105 270 78 3 31 12 .289
1991 オリックス 124 394 104 4 22 13 .264
1992 オリックス 95 203 48 0 19 5 .236
1993 オリックス 108 200 52 0 10 4 .260
1994 オリックス 102 219 62 4 26 2 .283
1995 オリックス 113 214 50 1 24 2 .234
1996 オリックス 103 206 54 1 19 3 .262
1997 オリックス 27 43 11 0 1 0 .256
1997 阪神 37 68 15 1 6 0 .221
1998 阪神 42 37 5 0 5 3 .135
1999 日本ハム 94 152 36 0 12 5 .237
2000 千葉ロッテ 84 91 18 0 6 5 .198
2001 千葉ロッテ 70 56 10 0 6 0 .179
通算 1389 2715 700 22 240 75 .248

1989年、外野手ゴールデングラブ賞

成績以上に私の記憶に残っています。私が初めてプロ野球を見に行った、西宮球場での近鉄戦で、石本投手からホームランを打ったからです。その日の先発は山沖でしたが、ブライアントのホームランで負けましたが・・・なんと言っても、守備のうまさが光りました。イチローと田口の守備が開花したのは、実は本西のお陰なんです。マスコミどもは、ほとんど取り上げませんが・・・オリックスが日本一になった年度の前後の外野の守備は、間違いなく日本一でした。田口・本西・イチロー。この3人が守るだけで、3塁コーチャーは何度と、本塁への走塁をあきらめたことでしょう。日本では守備はあまり評価されませんので脚光は浴びませんが、私はずっと好きでした。同時期で言うと、同じチームだった勝呂、大島、日本ハムの井出・田中幸雄・上田・・・沢山いますね。守備で思い出したのが、1996年の日本シリーズ第5戦の本西へのセンターフライ。絶対に捕球しているのに、アホなセリーグの審判が巨人ひいきの判定をしたことは一生忘れません。

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