台湾の歴史

新婚旅行で行ったので、簡単に説明します。旅行に行くまでは台湾を真剣に意識したことがなかったので、知らなかったことが多かったです。詳細な学術的事項はご自身で調べて下さい。

日本統治前
隋の時代の6世紀頃から中国人が渡来し始めました。それまでは、マレーやポリネシアからの移民だとされています。先住民族は人口の約2%で、漢民族は約6%、先住民族と漢民族との混血が約92%。ほとんどの人が漢民族の国と思い込んでいますが、血で見ると上の割合です。話は変わりますが、日本も同じで、日本人も朝鮮や中国の混血がほとんどで、日本固有の民族である人の割合はごくわずかです。大航海時代になるとポルトガル、スペイン、オランダが占領。やがて国姓爺合戦で有名な鄭成功、清・・・外国の支配がずっと続きました。日清戦争の結果、台湾と澎湖諸島が日本領になりました。

日本統治時代

 ガイドブックには「日本語や日本の生活を強制し、太平洋戦争にも巻き込んだ。」と書かれています。日本にありがちな自虐的記述です。台湾への日本教育が愚民政策、皇民化政策としか考えられないのは非常に偏った考え方です。台湾の日本語世代は、日本教育を受けたと誇りを持っていて、日本人観光客に喜んで日本語で話しかけるのは明白な事実です。私の実体験でもあります。日本教育とは何かというと、礼節、恩愛、気概、勇気、責任感などです。台湾には日本統治前に教育がなかったのかというと、そうではありません。その頃は台湾は移民国家でした。民族も言葉も違い、対立が続いて社会を統一したのが日本なんです。確かに台湾総督府初代総督樺山資紀から3代目の乃木希輔の時代までは、ゲリラ戦争が続きました。しかしそれがなんで親日になったのでしょうか?
 台湾は瘴気の島と言われ、アヘンで汚染されていました。日本軍が台湾を統治した当初はアヘン中毒者、汚水、糞尿であふれていました。台湾平定の時代は戦死者よりも、病死者の方が多かったと言われている。しかし、後藤新平の時代になると、予防接種が義務付けられ、台北市内は下水道が完成した。定期的に掃除を行い、衛生検査まで行った。台湾を「化外の地」としか見ていなかった中国では、当時絶対にできなかったといっても過言ではありません。
 日本が台湾に残した遺産は、上下水道や道路、ダム(八田與一は特に有名 )などハード面だけではなく、共通語としての日本語、精神、歌謡曲などソフト面もたくさんあります。日本が大好きな台湾人を指す哈日族は、単なる日本かぶれの人間ではなく、ごく自然発生的と考えられます。

戦後の台湾
戦後、日本の代わりに蒋介石率いる中華民国政府がやってくるが、政権の腐敗に対する反発から民衆が反乱する二・二八事件が起きた。その後も蒋介石は恐怖政治を敷き、知識階層・共産主義者を中心に数万人を処刑しました。その後、国共内戦で敗れた兵隊を引き連れて台湾に移住してきた。 中国国民党は政治・経済・教育・マスコミなどを独占した。 日本はサンフランシスコ講和条約、日華平和条約で台湾の領有権を放棄したものの、両条約では台湾の中華民国への返還が明記されていないことから、現在、台湾は中華民国によって占領されているとの解釈も存在する。

現在の台湾
台湾は中華人民共和国の不可分の領土と主張する中華人民共和国政府が国際社会で認められてきたことに伴い、台湾は、日本などの世界各国との外交関係を失っております。空港で撮った下の写真をご覧下さい。英語が分かる方なら意味は一目瞭然ですが、念のため意味を書きます。「台湾は国連の仲間はずれですか?台湾の国連加盟を支持して下さい。」アンフェアーと、国連よ公平に!という意味をかけています。




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